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メンタルではなくもっと深いゾーン

 細かな事実は書けませんが、この数日でかなり自分が変わっている。少しずつ少しずつ、ごくんと飲み込んでいた小さな違和感【のようなもの】。

ある瞬間からその違和感【のようなもの】

言い換えるならば、何か不思議に満ちた良さそうなものが薄れて消えていった。

とにかくそれが自分の内から去った時に、不必要な重荷であることがわかった。

約一年間、わたしは何をどうしてもクラリネットが吹きにくいメンタルじみたことに悩まされていて、

それがもっと深いゾーンが何かに侵入されていることに気づいた。

神様が、私に与えたものを簡単に手放してはいけないことに気づいた。何からも奪われるものでないことが、わかった。

命の息が吹き込まれなければ賛美を神様に捧げることができない。


「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。」

‭‭ヤコブの手紙‬ ‭1‬:‭17‬

この聖書の御言葉は、娘がシェアしてくれました。



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講師プロフィール

西山亜有子(にしやまあゆこ) 13歳からクラリネットを始める。 奈良県立高円芸術高等学校音楽科 相愛大学音楽学部卒業 ウィーン音楽マスタークラス修了、ディプロマ取得 クラリネットを木村吉宏、三宅洋子、滝澤誠友、クルト.シュミット各氏に師事 セバスティアン・マンツ、三界秀実、ヴァルガ・ガーボル、パトリック・メッシーナ各氏のプライベートレッスン受講。 自宅にて「奈良クラリネット教室」主宰。 奈良市音楽協会会員。 2015年より神への賛美を通してイエス・キリストの福音を伝える福音奏者として活動する決心が与えられ現在に至る。 人に寄り添い分かち合える音楽を大切に地元奈良でのコンサート企画、出演、クラリネットレッスンに取り組んでいる。 2021年4月 1st.アルバム「よろこびの歌」リリース(オリジナル、讃美歌含む全12曲入り) https://ayunishiyama.base.shop/items/40411066    JEC奈良福音教会 会員 ​使用楽器 B♭/A  Peter Eaton Elite Model YouTubeチャンネル *チャンネル登録ぜひよろしくお願いします。 【クラリネット教室に関して】 ならクラリネット教室では発表会、おさらい会を定期的に開催しています。 プロアーティストのゲストによるミニコンサートや、クラリネットクワイアーとのコラボレーションもしています。 (ゴスペルシンガー、声楽家、ピアニスト、トロンボーン、トランペット奏者etc...) —クラリネット教室での主な進学先— 奈良県立高円芸術高等学校、関西文化芸術高等学校、大阪桐蔭高校、大阪音楽大学短期大学部

最近のお知らせとか

リハーサルを通して、また、ここ約10年の同労者との分かち合いを通して神様が私の心に教えてくださったことは、 【もう今までのように自分から頑張らなくても、しがみつかなくてもこの関係は与えられていて、導かれてここまで共にしてきたこと、私が望んだようになったのではなくてそれぞれが導かれて今に至った。】 ということです。 演奏は1人ではできない。 (ある意味1人でも成り立ちますが広い意味でそれは不可能です。) 先日、普通のリハーサルで瞬間、身に染みるような気持ちに包まれた。 ただ単純に【わたしが望んだから演奏しているのではない】と理屈なしに心の底からそう分かった。 後々、そのことを考えながらこんな幸せなことはないな、と涙が溢れた。 私の周りにいてくださる共演者の方々から言葉にならないなんとも言えない優しさや励ましに気付かされている。 なんとも言えないほどキャラが濃くて皮だけ見てもユニーク、面白い、個性的な方々が溢れています。笑笑 しかしだいたい何話しても必ず着地ができる不思議さ。笑 私は2025年秋から神学生になり生活(感覚的な部分)が一変していて全てにおいて両立はできていない状態です。 →忘れ癖も多発、すいませんと謝る回数増え気味。 最近、それぞれのアーティストさんに今の自分の状況や環境を伝えた。演奏活動に関してもはっきりお伝えした。 いつもおしゃべり溢れる人たちでさえ、マジな目で黙り込んだ。 私の違いにはっきり意識を向けてくれていたのが分かった。 なんなんだこの深さは。言葉ではなく音を届ける人はある時には本当にそれを言葉の交わりでも発揮している。恐らくそれは【周波数、もしくは波長】というと少し理解しやすいかもしれない。 ある人は、「たとえ辛すぎて神学校やめてもそれで突き放すような、神様はそんな方ではない。こうしなきゃ、こうあるべき、と全てを正当化して頭で理解しようと言語化して、無理をしないように、神様に全てを明け渡しなさい。」と励ましをくれました。 私にとって音楽伝道は神様から与えられている大切な働きなので、だからこそ生活の変化を伴いながらの継続が未だにどうなるか分からなくて、そんな中、それでも演奏するなんて中途半端は耐えられない、関わる方々に失礼だ、無責任だ、みたいな人間的な考えにも陥ってしまいますが、先日、何人かのアーティストさんと分かち合いの時間で心のパサつきが潤...