リハーサルを通して、また、ここ約10年の同労者との分かち合いを通して神様が私の心に教えてくださったことは、 【もう今までのように自分から頑張らなくても、しがみつかなくてもこの関係は与えられていて、導かれてここまで共にしてきたこと、私が望んだようになったのではなくてそれぞれが導かれて今に至った。】 ということです。 演奏は1人ではできない。 (ある意味1人でも成り立ちますが広い意味でそれは不可能です。) 先日、普通のリハーサルで瞬間、身に染みるような気持ちに包まれた。 ただ単純に【わたしが望んだから演奏しているのではない】と理屈なしに心の底からそう分かった。 後々、そのことを考えながらこんな幸せなことはないな、と涙が溢れた。 私の周りにいてくださる共演者の方々から言葉にならないなんとも言えない優しさや励ましに気付かされている。 なんとも言えないほどキャラが濃くて皮だけ見てもユニーク、面白い、個性的な方々が溢れています。笑笑 しかしだいたい何話しても必ず着地ができる不思議さ。笑 私は2025年秋から神学生になり生活(感覚的な部分)が一変していて全てにおいて両立はできていない状態です。 →忘れ癖も多発、すいませんと謝る回数増え気味。 最近、それぞれのアーティストさんに今の自分の状況や環境を伝えた。演奏活動に関してもはっきりお伝えした。 いつもおしゃべり溢れる人たちでさえ、マジな目で黙り込んだ。 私の違いにはっきり意識を向けてくれていたのが分かった。 なんなんだこの深さは。言葉ではなく音を届ける人はある時には本当にそれを言葉の交わりでも発揮している。恐らくそれは【周波数、もしくは波長】というと少し理解しやすいかもしれない。 ある人は、「たとえ辛すぎて神学校やめてもそれで突き放すような、神様はそんな方ではない。こうしなきゃ、こうあるべき、と全てを正当化して頭で理解しようと言語化して、無理をしないように、神様に全てを明け渡しなさい。」と励ましをくれました。 私にとって音楽伝道は神様から与えられている大切な働きなので、だからこそ生活の変化を伴いながらの継続が未だにどうなるか分からなくて、そんな中、それでも演奏するなんて中途半端は耐えられない、関わる方々に失礼だ、無責任だ、みたいな人間的な考えにも陥ってしまいますが、先日、何人かのアーティストさんと分かち合いの時間で心のパサつきが潤...
福音奏者/ ならクラリネット教室♪西山亜有子スケジュール&ブログ
奈良、京都でクラリネットレッスン開校しています。クラリネットを始めてみたい方、上達を目指したい方、部活動の集中レッスン、音楽高校受験までマンツーマンレッスンで対応しています。 福音奏者としても各地の教会でコンサート活動しています。